短期大学概要 建学の精神・沿革

建学の精神

武蔵野学院は明治45年の設立時の建学の精神「報恩感謝の精神」を、他者を理解した上で報恩感謝の精神が生じてくるとの考えに基づき、異なる他者を理解する精神、すなわち「他者理解」を尊重し、社会をリードする先進的職業人として自覚ある人材を育成することと定め、教育に専念してきました。

 武蔵野短期大学は昭和56年に開学し、「自覚ある女性たれ」の教育方針を掲げ、幼児の教育者・保育者としての専門的な知識の能力を持った人材の育成に努めて参りました。すなわち、教育と社会との関連において捉え、国際感覚を持ち、いわゆる良妻賢母である前に、よき社会人として広い視野を持って、自分の目でよく事態を認識し、自らの判断で自らの行動を律することのできるような女性を育成することであります。

 少子高齢化社会を迎え、教育や福祉の果たす役割はますます高まっていることは誰もが認めるところです。特に子育てを巡る社会状況は著しく変化しています。こうした中で幼稚園教諭や保育士の果たす役割も、社会における「子ども」への注目が高まるにつれて大きく、責任あるものへと発展しています。

 本学では、他者理解の上に立って「自覚ある女性」の育成と、幼児の教育。保育者としての専門的な知識と能力を養うとともに、現代の高度情報化社会に対応できるような情報機器活用能力を育成することを目標に、講義・課外活動等すべての教育活動が展開されます。しかも、本学院の教育理念は、単に知識に止まらず、当然実践力を身につけることを目指すものでありますから、知識はすべて生きた知識であり、能力はすべて実際的な能力でなければなりません。

 学生がこの本学建学の精神と教育の特徴を理解し、他者理解の上に自覚して勉学に力を尽くし、立派に社会に巣立っていくことを期待します。

沿革

武蔵野学院の源流は明治45(1912)年、日本橋に創設された大橋幼稚園にあります。その後、大正11年には武蔵野高等女学校が開設されました。当時は女学校設立ブームの真っ只中で、ハイカラな女学生は時代の象徴でもあり、そして女子教育に対する要請が激しく高まっていた時代でした。創立者である高橋とき先生は、そのような社会状況の中で、いわゆる「良妻賢母」的な女子教育ではなく、社会に役立つ人材を育てようと「婦人の新使命の確立」を唱えて、東京・西ヶ原の地に武蔵野高等女学校を開設したのです。

それから60年後の昭和56年、埼玉県狭山市からの招致を受け、現在のキャンパスに武蔵野短期大学を設立しました。さらに平成16年には、地域・国際社会からの要請に応えて、短大と同じ地に男女共学で国際的な人材の育成を目指す武蔵野学院大学を開学しました。高女以来の歴史・伝統と、最先端の研究・教育・カリキュラムを融合させながら、武蔵野は時代に合わせて進化を遂げています。

武蔵野学院の歴史

明治45年 高橋とき先生が日本橋に大橋幼稚園開設
大正9年 大橋家政女学校開設
大正11年 武蔵野高等女学校開設
昭和23年 武蔵野中学高等学校と改称
昭和56年 武蔵野短期大学幼児教育学科開学
昭和57年 武蔵野短期大学附属幼稚園開園
平成3年 武蔵野短期大学国際教養学科設置(平成16年廃止)
平成16年 武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部開学
平成19年 武蔵野学院大学大学院国際コミュニケーション研究科修士課程開学
平成23年 武蔵野学院大学大学院国際コミュニケーション研究科博士後期課程開学



学院組織図

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