整理番号:B-37 

   
<14.8×13.0×10.8>

この作品は本学美術館所蔵品にあらず( 三輪窯様HPより借用)

萩焼三輪窯
鬼萩窯変割高台茶碗

第十一代三輪休雪作

山口県萩市椿東無田ヶ原
東萩駅を降りると無性に三輪窯を訪問したくなり、分際もわきまえず駅前から電話をしてからタクシーに乗った。タクシーの運転手に行き先を告げると怪訝な顔をして本当に行くのですかと聞き返してきた。現代の大名屋敷を思わせるお屋敷であった。先にお会いしたのは、後継者の十二代様で現代的作品に取り組んでおられた。人間国宝様をいきなり訪問したにもかかわらず親切に対応していただき感激して、もちろん何も買えずに帰ってきた。その後色々なところでご作品を目にするたびに、あのときのことを思い出している。

 
三輪休雪師略歴:1910年萩市に九代雪堂の三男として生まれる。10代休雪(休和)に師事1941年川喜田半泥子に師事。1955年雅号を「休」と称す。1967年十代休雪が隠退して「休和」と号し,十一代休雪を襲名。1983年重要無形文化財萩焼保持者(人間国宝)に認定。2003年十一代休雪を隠居、壽雪と改名。

  萩焼について:茶の湯をたしなむ人には「一楽、二萩、三唐津」と賞されて、古くから愛されてきた。使い込むほどに器の色が微妙に変化し「萩の七化け」といわれる。慶長年間に朝鮮から渡来した陶工・李勺光・李敬兄弟が藩の御用窯として開窯し、高麗風の茶陶を焼いた。以来400年の歴史ある窯。登り窯により低火度で長時間ゆっくりと焼くために、土があまり締まっていないので重く保温性を保っている。高台部分に切り目(切高台)が入っているのも特徴の一つで、藩主が使うものと庶民のものとを区別するためとされている。

 現在萩を代表する名窯元は、「坂高麗左衛門窯」とこの「三輪窯」が伝統を今に受け継いでいる。

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