解説〜ミャンマーのやきもの
館長 室本 弘道
ミャンマーは心の温まる包容力で我々日本人を迎えてくれる国です。
首都ヤンゴンから五十キロメートル南にトゥンティーというミャンマーで一番の窯場があります。ミャンマーの各地でよく見かける黄色い釉薬の掛った陶器の生産地です。
首都ヤンゴンからヤンゴン河(幅七百メートル)を大型フェリーで渡り、ヤンゴン河から分岐したトゥンティー運河沿いの凸凹道を走ります。この辺りは平らなデルタ地帯で水辺を好む植物が生い茂っています。途中、少数民族との銃撃戦が最近まで行われたところや、アウン・サウン・スーチー女史(地元の隠語でオバサンと呼ばれる)が兵士にストップされ、一夜を過ごした小屋などを通過して行きます。
トゥンティーを過ぎると道路が無くなるので下車し、子供たちの大歓迎を受けながら、十分も歩くと茅葺の屋根の家(窯場)が二十軒ばかり軒を連ねています。
どの窯場のどこでも出入可能ですが、低床型の土間に窯を中心に作業場と住居が一緒になっています。土間には足でこねた菊練りが実に見事に出来上がり、窯場にいることを認識します。土は運河の中の粘土を使い、釉薬は火山性の鉄分を含む黄釉です。出来上がりはイタリアやスペインのガレナ釉に似ています。作品(黄釉仏皿・黄釉花瓶・黄釉急須)をお楽しみください。芸術品など作っていませんから、いわゆる「丸もの」と若干のみやげものがあります。低火度のやきものではなく、立派に千三百度程度で焼き上げた陶器です。温度管理について聞きましたら、「ここに積んである薪を二日間で燃やせばよい」との返事でした。
ミャンマーは上座仏教(テラワダ)の世界中心で、人々はとても信仰が厚く、どの家々の入り口にも小さな棚を作り、そこに二個の素焼きの鉢が用意され、常時冷たい水が旅人の飢えを救ってくれます。遠くの井戸から炎天下に毎日運ぶ作業は本当に大変だと思います。
この水がめは今、私の部屋に来る人にミャンマーの人たちの思いやりの心を日本人に伝えたいと思い、応接机の中心に置いてあります。
ヤンゴン市内に秘密の骨董屋がありました。常時大きな門が閉まっており、あるルート以外には近づけません。そこにモン州(タイ国境)のパアンという町から出土されたという骨董を見つけました。歴史的にはタイは中国から陶磁器を学び、ミャンマーはそのタイを何回も征服した時にその技術を学んだものと推察できます。またタイ・スコータイ王朝を占領した時の戦利品として多くの「宋胡録」を持ち帰り、複製品(宋胡録写耳付き小壷 mm001・mm002)を作ったとも考えられます。それにしても良く似ています。こんな想像を膨らませてくれる骨董は楽しいですね。
ミャンマーの世界遺産パガンの多数の古寺には、必ず極彩色の煉瓦状タイルがあり、それが釈迦仏の一生をドラマのように見せてくれます。このやきもの技術は今日では失われてしまいましたが、かつてミャンマーに素晴らしいやきもの技術が存在したことの証拠です。
また古都マンダレー近郊にはこの国の最高の芸術品が残っており、やきもの文化が栄えたことを彷彿とさせてくれます。現在、窯はマンダレーの西部にもあるとのことでした。
ミャンマーの印象はゴールデンパゴダの国だということです。素晴らしい観光資源と繊細な漆技術と世界一のビールがあなたのお越しを待っています。日本人が大好きで、仏教心の厚い素晴らしいミャンマーの人たちが待っています。
私の世界観:「ミャンマーとモンゴルに行ったことのない人は、本当の日本を知らない人である。」